はじめに
「彼女はなぜこんな古い絨毯を織るのだろうか?」
赤穂緞通という見たことも聞いたこともない絨毯を織り続ける彼女を見て、率直にそう思いました。自宅に小さな工房スペースを作り、自ら設計して作った小型の織り機を使い、毎日コツコツと(時間が過ぎるのを忘れたかのように)その絨毯を織り続けていました。側から見ていて「これは恐ろしく手間暇のかかる作業だな…」と呆れる思いでした。一つ一つの緻密な作業が全て手作業であり、一枚の絨毯を織り上げて完成するまでに実に一年くらいの期間を要します。
赤穂緞通について調べてみると、そのはじまりは江戸時代にまで遡る日本の伝統工芸品の一つであることを知りました。そしてそれと同時に、この日本から消えて無くなりそうになっている絶滅危惧種の工芸品の一つであるということも知りました。作業工程は大変だし、仕事にもならないし、将来の見通しなんて無いようものをなぜ作り続けるのか?と尋ねてみたところ、彼女は一言だけこう言いました。
「好きだから」
赤穂緞通が好きで、作るのが面白いから。だから毎日でも続けられると。約一年かけて制作し、出来上がった彼女の最初の赤穂緞通を見た時は、言葉を失うような衝撃を受けました。絵柄は繊細で美しいだけでなく力強さがあり、立体的に刻まれた文様の手触りの良さや、その文様から伝わってくる異文化の香り、広大な大地をまっすぐに貫くシルクロードに響き渡る人々の声や足音。人間の五感全てを響かせる「何か」が赤穂緞通に秘められていると感じました。しかし残念なことに、現存・流通している赤穂緞通のほとんどが古い緞通(いわゆる「古緞通」)であることも知りました。
「残さなければならない」
今やるべきことは赤穂緞通をこの世界から失くさないこと。今にも消えそうになっている日本の伝統工芸品を守るために、織り上がったばかりの赤穂緞通を一枚でも多くこの日本に残すことが自分の使命と考えるようになりました。そして残してさえいればいつか必ず誰かに繋がるはず。そんな思いからこの赤穂緞通工房《羊舎》を立ち上げることになりました。赤穂緞通の制作を通じて、日本の大切な伝統文化を紡いでゆくための一助になることができればとも思っています。
赤穂緞通工房《羊舎》 ひつじ男 より